蒼穹の白
窓から薄暗い輝きがほの暗い室内に差し込む。
暗い手元は次第に確かとなり、やがて騒がしくなる喧騒に夜が明けた事を知る。
それと共に出来上がったデュエルディスクを起動して試しにデッキを差し込む。カードをセットして浮かび上がるソリッドビジョンの正確さと損傷のない読み込みに笑みを浮かべた。
「出来た」
簡単に折れてしまいそうなあの腕の細さに改良を加えた軽量化に軽く振り回しても損傷はなくピタリと腕にぶれる事無くそこにあった。
「大丈夫そうだな」
確認してディスクを置く。
よし、と気合をいれて後片付けを始めれば
「あれ?遊星君今日は早起きだね」
声を掛けられて振り向けばそこにはまだ寝ぼけ眼の遊戯さんが立っていた。
「おはようございます」
「おふぁよぉう」
と返事が返ってくるも欠伸交じりの声は何処か言葉になってない。
「起してしまいましたか?」
「んうん?大丈夫だよ」
とは言うものの、瞼を擦りながら俺の傍に来て机の上を覗き込む。
「手作りのデュエルディスク?」
まだ片付け終わってない廃材をダンボールに移し変えながら「はい」と言えば
「遊星君ってほんと器用なんだね」
感心したように溜息を零しながら見詰めているディスクを遊戯さんに渡す。
「良かったら使ってください」
言えば驚く瞳がただ瞬いている。
「やっぱりテーブルだけのデュエルじゃ物足りないでしょう」
この言葉に苦笑交じりの笑みを返されれば
「だけど・・・」
言いたそうな言葉は大体想像が付くから実はと前置きをして
「知り合いに頼んで壊れて廃棄処分になっていたディスクを探してもらって修理したものです」
元値はタダな事を言えば見透かされた躊躇いにはははと笑みを零すも
「そういうことなら大切に使わせてもらうね」
両手で受け取れば早速装着する。
起動すれば小さなモーター音とディスクが展開しカードを読み込む為のスキャナーが淡い輝きと共にいつでも読み込みが出来るように準備されていた。
デッキをケースから取り出し早速セットしディスクにカードを一枚セットする。
だけど同時に小さな紙袋が落ち、気づいてないのかそれを拾うも映像化される目の前の光景にそれさえも気づかないで居た。
ソリッドビジョンのカードから勢いよく飛び出した女の子はこの場がデュエルでないと判るとそっとひざま付いて頭を下げる。
そしてもう一枚カードをセットすると遊戯さんの代名詞ともなる魔術師が現れ、先に飛び出した女の子と同じように頭を下げた。
「ブラックマジシャン、ブラックマジシャンガール久しぶり!」
遊戯さんの嬉しそうな弾む声に二人は面を上げて立ち上がる。
ふわふわと浮ぶ二人は遊戯さんを見下ろして自然と溢れると言うのはソリッドビジョンとしてはおかしな表現だが、まるで安心したかのように目を細めて笑みを携える。
「ちょっと待ってて」
軽く目を閉じたかと思えばとたんに雰囲気が変わった。
人の良い笑みは勝気で挑発的なものに変り、優しげな視線は同時に鋭さを持っていた。
「遊星君はほんとにすごいな」
少し声が低くなった物の遊戯さんと同じように喜びを隠せないで居れば急に驚いたように体を振るわせた。
「どうかしましたか?」
まさか何かあったかと思えばもう一人の遊戯さんと彼のマジシャンズ達もある一点の宙を眺める。
きっとそこに遊戯さんが居るのだろうと視線を合わせれば急に困ったかのように笑みを作るもう一人の遊戯さんが目を閉じれば、ほんの少し身震いをしたかと思えば遊戯さんにチェンジしていた。
すぐにカードに手を添えて
「ごめんね、今からご飯用意しなくちゃいけないからまた後でね」
了解したと言うように頷いた二人を見てからカードをディスクから離す。
光となってやがて消えた二人を最後まで見送ってから丁寧にディスクを腕から外し
「遊星君ほんとにありがとう!」
片付けてくるねと駆け足で部屋に戻ったかと思えばすぐさま下りてきてにこにことした笑みを絶やさずキッチンへと駆け込んだ。
カチャカチャと調理器具の音を聞きながら机を片付け、やがて下りてきたクロウと、あれにこりて一応食事時間までに起きてくるようになったジャックと昨日は俺ほどでは無いけど遅くまで起きていたブルーノもまだ眠たそうな顔でうとうととしていた。
だけどテーブルに食事が並ぶ頃になると眠気より鼻腔を擽る香ばしい匂いに二人の意識が覚醒していく。
「じゃあ食べようか」
遊戯さんの合図に俺達の挨拶が消えるくらいの大きな声でクロウがいただきまーすと楽しみそのものと言うような声と共にパンにかじりつき、スクランブルエッグを口へと運ぶ。
「何時もながらすごい食欲だね」
「ああ、今日は鬼柳んとこまで配達があるからな」
嬉しそうに言うクロウの補足をするようにサテライトに居た時からの仲間なんだと付け加えた。
冷めかけた紅茶を最後に口の中に流し込めば
「じゃあ行って来るな」
ヘルメットを手にして預かっていた荷物を手にする。
何処か見覚えのある女性的な優しさの在る文字に自然と笑みさえ浮び
「鬼柳によろしくな」
「ああ」
短い言付を当然と言うように預かってくれたクロウはそのまま駆け足で外へと飛び出して行った。
「じゃあ、俺も今日は出かけるよ」
ブルーノも立ち上がりヘルメットを手にする。
「出張か?」
ジャックがゆったりと紅茶を傾けながら言うのを聞いていれば
「ああ、少し見てほしいDホイールがあるからって治安維持局からの依頼だ」
「ふん!」
詰まらんと言うように顔を背けたジャックの言葉は
「俺が送ってってやる!」
何故かブルーノを猫のようにつまみ上げて引きづりながら外へと行ってしまった。
茫然とした面持ちで気をつけてねと遊戯さんに見送られながら去って行った二人の後に残されたのは俺と遊戯さんの二人。
会話もなく食事を終わらせた所で遊戯さんの顔が目の前に突如現れて思わずひっくり返りそうなくらいに驚いた。
「な、何ですか?」
動揺を悟られないように口を開いたつもりだったが、少しだけ困ったようにでも何処か怒っている瞳が俺を睨む。
「遊星君。君はこれから寝ること!」
めっと怒った顔が俺を睨みつけて俺の手を取る。
「ディスクを作ってくれたのは嬉しいけど、それで君が体調を壊したらボク本当に嬉しいって言えないから」
言いながら手を引いて俺の部屋のドアを空ける。
人の温もりのないベットに俺を座らせ、肩に手を置いて俺の瞳を覗く。
「ぐっすり休んだら一番にボクとこの新しいディスクでデュエルをしよう」
一番に君とデュエルしたいからまずは休もうと肩に置いた手が優しく俺を押すも、その手を逆に握りしめて引き寄せる。
「約束ですよ」
その後はもう意識は無い。
だけど次に目を覚ました時、何故か俺の腕の中で安らかな寝息をたてて眠っている遊戯さんを見て・・・俺は一体何をしてしまったのか、もう一人の遊戯さんが事情の説明をしてくれるまで軽いパニックに陥っていた。
「ほんとに驚いたんだからね」
「すみません」
「気絶するように寝るんだもの」
「すみません」
「病気かと思っちゃった」
「すみません」
「遊星君をどかそうにも意識の無い人って本当に重いんだよ」
「すみません」
「もう一人のボクに代わってもらっても動かなかったんだから」
「すみません」
すっかり陽の傾きだしたガレージの中で部屋を片付けながら遊戯さんの文句に反論も出来ずに謝っていた。
無言になって沈黙を決められるよりはこうやって不満を口にしてくれる方がありがたいのだが、遊戯さんの顔は既に楽しい物に変っている。
遊ばれてるとわかってしまった以上とことんこの遊びに付き合わなくてはいけないのだが
「相棒、そろそろ遊星君を許してやれよ」
とたんにもう一人の遊戯さんに代わり、代わりにすまないと謝罪されてしまった。
「いや、あの・・・」
「え?そうなのか?!」
これはただの言葉遊びですと言おうと思ったら宙を見詰めたもう一人の遊戯さんは大きく目を見開いて驚いて見せれば目元を赤く染めてそっぽを向いた。
きっとこの言葉遊びの説明を受けたのだろう。ずっと心配させてしまって申し訳ない。
「そう言う事なら一言教えてくれてもいいのに、相棒も酷い奴だぜ」
「すみません」
言葉遊びでは無いけど謝罪をすれば一瞬困った顔を見せたもう一人の遊戯さんはくつくつと笑みを零して目を閉じれば次の瞬間には遊戯さんに代わっていた。
「ふふふ、もう一人のボクったら拗ねちゃってる」
にこにこと笑みを宙へと向けるも
「大丈夫ですか?」
怒っては無いですかと聞けば任せておいてとウインクをひとつくれた。
「じゃあ片付けはそろそろこの辺で終わらせて、遊星君約束のデュエルしよう!」
「はぁ・・・」
もう一人の遊戯さんは良いのですかと口に出せないまま視線で問うも
「なら俺の出番だな」
一瞬の間に入れ代わって得意気な顔で腕を組んで立っていた。
さぁやろうぜと早速デュエルディスクを装着して外へ向う階段を上がっていく後ろ姿の足取りは跳ねるように軽い。
遊戯さんのウインクの意味はこれかと気付かれずに笑みを携えながらその後に続いた。
ガレージの前でフィールドが展開する。
通り過ぎる人も俺達のデュエルに足を止め観戦する。
シンクロ召喚で上級モンスター召喚が定番の今、チューナーが召喚されると周囲は期待の瞳と変る。
もう一人の遊戯さんのリクエストもあってスターダストドラゴンを召喚すれば何所からか子供達も集る。
そしてみんなの期待は対戦するもう一人の遊戯さんにも集る。
どんなシンクロモンスターを召喚するのかと。
だけど遊戯さん達はこの時代に来てからデッキの再構築をまったくしていなかった。
40枚のカードはあの時のものとほぼ同じ内容だろう。
一向に現れないチューナーモンスター。
キングを倒したチャンピオンのデュエル。
もう何ヶ月前の話しなのに今だ褪せない期待の瞳。
何処か楽しげにカードをドローして笑みを浮かべるもう一人の遊戯さんは明らかにこの状況を楽しんでいて、状況は俺が有利なはずなのに見えないプレッシャーが押し寄せてくる。
口角が釣りあがり行くぜと気合を入れて召喚したのはブラックマジシャン。
現れたその姿に周囲の感嘆の溜息と何処か期待を裏切られた溜息。
時代差がくっきりと分かれた瞬間だったが思考の片隅ではもう止まる事のないもう一人の遊戯さんの攻撃と恐ろしいほどに絶妙のタイミングで補佐する魔法カード、こちらの抵抗を絡め取る罠カードが既に場に手札に伏せてあるのだろうとこれから繰り広げられる戦略に身震いをする。
視線をひたりとスターダストドラゴンにあててブラックマジシャンに指示を出そうとした瞬間この緊迫した空気を壊すようにギャラリーが騒ぎ出した。
「何だ?」
さすがのもう一人の遊戯さんもその騒動に気づいて視線を投げれば緊張の切れた俺も視線を投げる。
いつの間にか出来上がっていた人垣を掻き分けて現れたのは黒いサングラスをかけた如何にも怪しい黒スーツ。
そしてそれとは対照的な真っ白なスーツに身を包んだ妙齢の男性。
青空に似た瞳に何所かで見た事あるなと思うも、その男性はデュエルを中断されて何処か殺気立っている場の雰囲気なんて気にも留めずフィールドの中に足を進める。
もう一人の遊戯さんは何処かキョトンとしてその男を見上げていたが、その男は一度だけブラックマジシャンをチラリと睨み、殺気だった視線をもう一人の遊戯さんに向ける。
ぶしつけなまでのあからさまな視線にいつの間にか交代していた遊戯さんだったが、その戸惑う視線にも躊躇う事無く男は目の前で足を止めたかと思った瞬間手が伸びた。
暴力沙汰になる前に止めなくてはと駆け寄るよりも早くその男は遊戯さんのチョーカーを掴み視線が合うように片手で宙吊りにする。
「その姿は一体なんなんだっ!!!」
周囲の殺気さえ殺すような迫力ある叫びにも似た言葉に遊戯さんの大きな瞳は数回パチクリと瞬きをして恐る恐ると言うように口を開ける。
「ひょっとして・・・海馬くん?」
苦しいのかチョーカーを掴む手から何とか呼吸を出来るように隙間を作るも海馬と呼ばれた男は凄みのある笑みを浮べ、遊戯さんを落とすように手を離す。
ケホケホと咳き込む遊戯さんだったが困ったかのように眉を下げて
「やっぱり海馬くんだ。年を取ってもカッコイイね」
ぺたんと座った姿勢のまま見上げれば、胸の前で腕を組んで見下ろす男はふんと鼻であしらい
「判りきった事なぞ言われても誉め言葉にならん」
当然と言いきった男にあっけになるも海馬と言う男は手を差し伸べる事無く遊戯さんを見下ろしていた。
「その姿から言うとそのオカルトグッズが原因か?」
忌々しそうに胸の四角推のペンダントに視線を落とすもまあいいとなにやら自己完結をした。
その合間に遊戯さんの背後に回り座り込んだままの遊戯さんに手を貸して立たせれば
「ヤツと代われ」
見下ろす視線は相変らず容赦なくひとつタイミングが送れてうんと頷いた遊戯さんはもう一人の遊戯さんに変わる。
もう一人の遊戯さんは目を開けたとたん海馬と呼んでいた男を睨み上げるもそれよりも早く吹っ飛んで行った。
「遊戯さん!!」
好奇心で周囲に残っていたギャラリーの悲鳴に掻き消されるも口の中が切れたのか口元を拭うもう一人の遊戯さんの下にゆっくりと足を進めた男はさっきと同じようにチョーカーを掴み上げある。
「貴様は一体何をしているっ!!!宿主を守る為の存在じゃないのかっ!!!」
噛み付かんばかりの迫力にもう一人の遊戯さんは驚くように目を見開くもそれからそっと視線を反らし反論もせずただ唇を噛んでいた。
[17回]
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