テンペスト 07
無言のままタクシーの中で時間を過ごした。
今から叱られに行く遊戯は知らず知らずと言うように俯き加減になる。
少しでも励まそうと華奢なまでの細い指先を、緊張で冷たくなったものを温めるように手を繋ぐ。
そのまま数十分、もっと遊戯に話しておかなければと言う言葉が溢れる物の1つも伝える事無くやがてタクシーは巨塔の様なビルの正面に止まった。
このビルの象徴と言うように青い瞳の白い翼竜が出迎える道を俺達は足を進めた。
ビルのロビーに入れば黒いスーツを着た男が「武藤様」と出迎えてくれた。
遊戯はその顔を見て知り合いなのかちょこんと挨拶をし、その男が俺へと視線を向ければ遊戯が説明に入った。
「学校の先輩で・・・」
「今回の一件でアテムにすぐにでも伝えなくてはならない事があります」
言ってから不動遊星と名前を付け加える。
暫らく考えた後携帯を取り出し誰かと連絡を取るもすぐさま片付けられた携帯に男は「どうぞ」と一台のエレベータへと俺達を案内する。
エレベータの中もカーペットが敷き詰めてあり、行き先は幾つかの最上階層と幾つかの地下しかなかった。
耳鳴りがするほどの高速で駆け上がるエレベータから覗く景色はこんな時でなければそれだけでも楽しめる物のはずなのだが、未だに震える遊戯の指先から伝わる緊張が俺にも伝染する。
チンとベルの音を立てて止まったフロアは白い大理石が光を反射し、カードキーで開けられた扉の奥には大きな部屋が広がっていた。
どうぞと案内されれば正面に白いスーツを身に纏う海馬が大きな机に肘をついて俺達を迎い入れ、案内した男は海馬の机の横に立つ。
そしてやっと来たかと言うように広い室内から駆け寄ってきたアテムは遊戯に何があったんだと手を差し伸べようとした所で俺はその間に入った。
眉間を寄せて睨み上げるその視線を見下ろせば、アテムが居たらしい場所の後ろに立ち位置を決めていた男がこちらにと椅子を進めてくれた。
俺は遊戯の手を引いてアテムの目の前を通り過ぎる。
遊戯の何処か青い顔を見てかアテムは遊戯が座った隣に膝を付きその顔を覗き込み
「何があったんだ」
不安げに見上げる視線が俺へと向く。
遊戯からの説明は無理だと判断したのか俺へと説明を求める視線に一つ頷く。
「学校の帰り道の事なんだが・・・」
そこから俺が見た事、そして遊戯から聞きだした事をアテムに伝える。
真っ青になったアテムとピクリとも動かない海馬。二人の傍に控えていた男達も何処か顔を青ざめ、俯いたままの遊戯は何処か震えていて、その沈黙を打ち破いたのは海馬だった。
ピッ、と小さな電子音の後
「木馬か、今すぐ調べて欲しい事がある」
それからカタカタとパソコンのキーボードを叩いてまた沈黙を守り、暫らくもしないうちに立ち上がり、パソコンのモニターをくるりと反転させ
「お前達が言っていたのはこいつらの事か」
あまり感情がない、と言うよりも怒りを抑えた声。
はるか頭上からの映像は何かを目的とした一群を映し出し、その中央に何所かで見たことのある男が移っていた。
何所から撮影しているのかと瞬間考えるも知らない方が良いだろうと今はこの問題を頭の隅に押し退けて少し見難いが映像に移る男達の顔を見れば、さっき見たばかりの顔がそこに並んでいた。
それに遊戯も気がついてまた顔色が悪くなるのを見てアテムがモニターをそらす。
俺は海馬に向かって
「こいつらだ」
怒りを抑えながら映像に写る男達が放り出した鉄パイプの行方を目で追い、海馬はふんと鼻を鳴らしてまたキーボードを打つ。
「大会主催者としては捨て置けん話だな」
キーボードを打ちながら
「だが、まだ何も事件は起きてない状況だ」
「何も起きてないだと!!!」
バンと机を叩いて噛み付くようにアテムが澄ました顔の海馬を見下ろすも
「そうだ。が、事件が起きてからでは遅い」
カタカタと今だキーボードを打つ指は止まらないまま歌う様に笑う。
「貴様はデュエリストだ。デュエリストならデュエリストらしくデュエルで決着をつけて来い」
「当然だ!」
眼光鋭く海馬を睨めば
「後は大会主催者に任せろ。
俺が主催する大会を穢す様な真似するとどんな目に会うか思い知らしてやる」
ふふふと何処か楽しそうに、でも不気味な笑みを零す大会主催者にそれでいいのかと疑問は抱くも反論する余地はない。
完全に喧嘩を売った相手を間違えたなと、同情はしないがこれで遊戯はもう大丈夫だと安全が約束されたにも同然の処置に胸をなでおろし
「じゃあ俺はこれで失礼する」
ここが引き時だった。
え?と俺を見上げる泣き腫らした瞳に
「バイトもあるし、家までアテムに送ってもらえ」
きゅっと寄る眉間と何か言いたそうな口元にもう大丈夫だと笑みをむける。
「ああ、相棒は俺が家までちゃんと送る」
ありがとうとさっきの怒気がまるで嘘のように笑みを向けるアテムにじゃあと背中を向けて退出すれば、すぐに開いたエレベータに振り返る事無く乗り込んだ。
これでいい。
最初から別次元の存在だったのだ。
遊戯はデュエリストのチャンピオンで、大会主催者とも懇意で、デュエリストキングの称号を持つアテムが相棒と称する存在。
遊戯が間に入らなければ一生訪れる事の出来ないだろう海馬コーポレーションビルの中枢に入る事でそれを叩きつけられた。
卒業資格の為に学校に通い、バイトを掛け持ちして、苦労している分だけ周囲よりも大人だと思いこみ、レベル違いの相手を知りもせずデュエリストになりたいと夢を持っていた自分がどれだけ現実を知らない子供のように思えた。
チンとベルの音と共に開いたエレベータから降りてビルを出る。
振り返り見上げたビルは巨大なオベリスクのようで、その天辺で遊戯は大切に守られている。
見上げる事しか出来ない俺に何ができるのかと考えれば答えを導き出さず背中を向けて何処か逃げるように足を運んだ。
[6回]
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