夜話の帳
「遊戯さん、まだ起きてるのですか?」
月明りの差し込まない廊下にドアの隙間から零れ落ちた明かりに気づいてそっと声をかければひたひたと床を歩く素足の音が近付きそっと音もなく扉が開く。
既に寝る準備してあるのかパジャマに着替えた遊戯さんは何処か幼く、胸元に輝く金の千年アイテムがないのが何処か寂しい。
何時見ても首に掛けられたそれは体の一部のようで、当り前のようにあるのに少し嫉妬している自分に気づき、廊下の天井を眺めてから遊戯さんを見る。
「遊星君も今まで作業してたの?」
シャワーを浴びて髪から滴り落ちる水滴を見てか首に掛けたタオルで拭いてくれる。
「気がついたらこんな時間になって」
いつもの事だからと言えば遊戯さんは一瞬キョトンとした顔をしてから笑い
「僕はさっきまでもう一人のボクと話してたんだ。たった数十年で未来ってすごく変わるねって。だけど、もう遅いからって」
言って苦笑。
「幽霊みたいな存在だからあまり出ていると疲れちゃうんだ」
「そういうものなのですか?」
今ひとつよくは判らないが、遊戯さんが言うのならそう言うものだろう。
「うん」
名もなき王の言葉を疑う事を知らないと言うように頷くしぐさに大丈夫だろうかと要らない心配をしてしまいそうになるも
「何か羨ましいですね」
こんなふうに夜遅くまで、それこそ寝る直前まで遊戯さんの傍にいて、疑うと言う事を知らないと言う彼に気を使わせないように気遣う優しさ。
口数が少ないといわれる俺にでもそんな風に語りかける事がで切るだろうかと逡巡していれば
「遊星君も少し話して行かない?」
「遊戯さんがまだ眠くないなら」
そうじゃなくって素直に話しをしたいと言えば良いだろうと自分に言い聞かせるも遊戯さんは気づかずにどうぞとドアを開けてあ、と小さな悲鳴を零す。
どうしたのだろうかと首を傾げれば
「近くでおしゃべりしていたらもう一人のボク休めるかな?」
そういうものか?何て口に出さず唸る遊戯さんの頭を見下ろしているまにいい事を思いついた。
「だったら俺の部屋に行きませんか?」
こんな夜中に誘って変な勘違いされないだろうかと思うも
「遊星君の部屋に?うん。お邪魔するね」
何の疑問も持たずに返された返事になんて無防備な人だろうと、誘っておいて言うのもなんだが少しだけ心配になった。
そのまま裸足のままペタペタとコンクリートの廊下を歩いて俺の後についていき、考えれば座る椅子のない部屋の何所に案内しようかと考えながら、朝起きたままのくしゃくしゃのシーツのベットを整えてどうぞと勧めた。
お邪魔しますとちょこんと座って、隣に座った俺に無防備なまでの笑みが向けられた。
「何か遊星君とお話しするのって随分してないような気がするね」
「そう言えば・・・いつもDホイール弄ってたから」
話す機会がなかったと結論付けてもいいのかと思えば
「話しかけて邪魔しても悪いかなって」
「そんな事無いです」
思わず即行で否定してしまう。
その勢いに少し驚いたように目を瞠る遊戯さんに
「ほんとはもっと話しをしたいです」
言えばキョトンとした瞳で俺を見ていた。
真っ直ぐで、それでいて綺麗な瞳に写るのが今は俺一人だけだと言う事に気がつき顔に熱が集中するのを隠すようにさっと視線をそらそうとすれば
「だったら、遊星君のお仕事が終わってからおしゃべりしようよ」
今みたいにねなんてウインクひとつ投げつけられれば誘ったのは俺の方なのにこれじゃあまるで初心な男そのものだと耳まで赤く染まりそうな顔を隠したくなる物の
「ちょっと聞きたい事があるんだ」
言われて気づく。遊戯さんは何か聞きたい事があったのだと気づけば何を緊張していたのだろうかと心の中で溜息が零れた。
それを気づかされないように何がですかと聞けば
「ジャック君のことだけど」
その小さな口から零れ落ちた名前に何故かぎゅっと胸が苦しくなる。
不思議と気が合うのか話しをしている二人をよく見る。
楽しそうに話し、テーブルで展開されるデュエルに額を寄せ合って相談したり、二人でDホイールに乗って出かけるのもしょっちゅうだ。
その光景を思い出し一瞬ひゅっと詰まった呼吸に戸惑いながら続けられる話に耳を傾ける。
「何故だか知らないけどよく抱えられるんだよね。ひょっとしてボクの事ヌイグルミかなんかと勘違いしてないかなあ」
溜息と共に零れ落ちた言葉は予想もしない愚痴だった。
「はあ・・・」
ジャックはもてる。
ルックスはもちろん俺も憧れる長身とがっしりとして無駄のない肉付き。
女の子に告白される光景はもちろん一人で居てもいつもいつの間にか女の子の中心にいた。
サテライトに居た頃からそれは当り前で、本人は迷惑と言いどちらかと言えば仲間意外傍に寄せ付けない傾向にあった。
孤高のキング。
密かにそう呼ばれていた時期もあったように、最低限の人間しか傍に寄せ付けなかったジャックが遊戯さんを傍に置く光景は腹の奥底でぐらぐらとさせる何かがあった。
がだ。
当の本人はこう言う。
「そりゃボクちっちゃいけどさ。ジャック君は知らないだろうけどこう見えても気にしてるんだよ」
溜息混じりの小さな、それこそ可愛らしい愚痴を言う。
クスリと笑いたくなるのをこらえ
「俺達はつい子の間までサテライトに住んでいました」
まだこの時代の事情はよくわかって居ない遊戯さんは小首を傾げて俺の話しに耳を傾ける。
「ついこの間まで身分階級があって、サテライトではシティのゴミを仕分けする事が総てで、その日を生きて行くのがやっとでした」
驚いたように何か言葉を出そうと口を開こうとして、ただ唇を噛み締めるように閉ざされた口に懐かしい思いと今でこそなくなった階級の生き様に視線をそらせながら話しを続ける。
「俺もジャックもクロウも孤児院で育ったんです。
孤児院のマーサはすごく温かい人で俺達を無条件で愛してくれて、そんなサテライトでも俺達は幸せだったんです」
ポツリポツリと話す言葉に真剣な視線が俺に向けられるのをくすぐったく思いながら
「だから俺達は助け合わないと生きて行けないと言う事を知っていて、大きくなって働けるようになって孤児院を出て俺達の代わりに入ってきた小さな子供達の面倒を見るのも当り前で」
遊戯さんに視線を向け
「ああ見えてジャックは面倒見のいやつなんです。
不器用で人が見ているところでは決して動かないけど、だけど誰よりも義理堅いから、きっとあなたの不安を取り除こうと一生懸命なんですよ」
ああ見えてもと付け加えても遊戯さんの顔はそれでも晴れない。
どうしましたと訊ねれば
「それじゃまるで迷子の子供みたいじゃないか」
思わぬ呟きに思わず目を瞠り、そして失笑。
「遊星君も笑わない」
思わぬ拗ねた声に笑い声を隠し
「はい」
返事をするもつい溢れてくる笑みに遊戯さんは顔を真っ赤にし、手を振り上げて俺に襲い掛かってきた。
[9回]
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