テンペスト 06
限界だ・・・
遊戯の手を引いて何故か鉄パイプを手にしている一群から逃げて居る途中なのだが、あまり運動が得意でないのか遊戯はすでに息は切れ、足を縺れさせながらも何とか転ばずにいると言う状態だった。
これではさすがに限度がある。
何で遊戯が追いかけられているかなんて理由は簡単だ。
鉄パイプの一団の左手にはデュエルディスクがはめられている。
前に遊戯はこの国では無名だと言っていたけど、アテムが大会で優勝する度に遊戯と共に優勝を分かち合うあの光景は本人の知らない所で有名になっている事をそろそろ自覚して欲しい。
がだ。
アテムに負けてその憂さを遊戯で晴らそうとするのは問題外だ。
囲まれている段階の所で遊戯を見つけて声を掛けたまでは良いのだが、遊戯は俺の手を引いて逃げる事を選んだ。
あまりに鮮やかな逃げっぷり、と言うか、この場合やり返すのが常識だと思っていた俺を酷く戸惑わせ、でも遊戯が握る手に導かれるように街中を走り続けていたが、もうここまでだ。
息が上がり酸素が足りなく顔色さえ悪くなりかけている遊戯を引っ張り角を曲がった所ですぐ次のビルの合間の隙間に潜り込んだ。
ばれないだろう何て安易な考えはせずその隙間を潜り抜けるように奥へと足を運べば運良くそこに隠れるには丁度良い窪みがあった。
非常用の階段の影に潜り込み遊戯を俺の影に押し込めるようにして遠くに聞える罵声と足音に意識を集中する。
やがて通り過ぎるも、隣であえぐように息を切らす遊戯はまだ動かせる事が出来ず
「暫らくここで休んでいくか」
囁く様に言えば小さく頷くのがやっとで凭れる様に俺の腕に頭をあずけてきた。
はぁはぁと息を切らしながら目を開けるのも億劫と言うように力なく凭れ掛ける体が崩れ落ちないようにと腕を回して支えれば、安心したかのように擦り寄ってくる。
無防備なまでに寄り添ってくる小さな頭を支えながら汗で張り付いた髪を剥してやれば少し擽ったそうに悶える仕種に笑みを落としながら問いかける。
「こう言う事は前にもあったのか?」
聞けばびくりと震える体。
何も答えないけどその沈黙が如実に語る。
「この事をアテムは知っているのか?」
更に質問を重ねるも遊戯は答えない。
思わず零したくなる溜息を飲み込み
「もう隠していられる限度を超えている」
それは遊戯が一番わかっていることだろう。
だけど彼は気丈にも俺を睨み上げ
「大会出場中のアテムに余計な負担は掛けられないよ!」
アテムにも似た攻撃的な視線に眩暈がした。
確かに高額な優勝賞金と与えられる名誉に知らない所でこういった事が起きるのは公に耳にしないだけで有名な話しだ。
「だが、遊戯がそう思っても怪我をした遊戯を見た方がよっぽど負担になるんじゃないかな」
尤もな事を指摘すれば遊戯だってチャンピオンの一人だ。
唇を噛み締め何か反論しようとするも言い返せる確かな言葉がない以上握り締めた拳はやがてぶらりと垂れ下がる。
前に遊戯はこの国では無名のデュエリストと自分の事をそう言っていたが、彼が頂点に立つデュエリストの一人だとすればこういった犯罪まがいの事も他の、例えばデュエルで終わらす事が出来たかもしれない。
いや、それだってそこで終わるとは限らないが、少なくともさっきみたいに周囲が見て見ないフリをする状況にはならないだろう有名税と言う奴だ。
自分一人の無力さにやがてはたはたと涙を零しだした遊戯の体を抱きしめる。
ここから先、遊戯を守る事が出来るのは俺じゃない事ぐらい何所かで理解していた。
その相手に遊戯を守ってくれと願えば彼は当然と言うように遊戯を守りぬくのだろう。
ただそれが意味する事は、こうやって二人で合う事はなくなる。
陽だまりのような空気の中で穏やかな時間を過ごす事も、無防備なまでの信頼も、無償の笑顔さえ向けられる事もなくなる。
遊戯を失う。
目のくらみそうなその事実にショックを覚えた。
まだ友人の域から脱しない関係なのに今になって気付く。
この痛みは失恋なのだと、今頃になって思い知らされた。
だけど、だからこそ遊戯にはあんな怖い目に二度とあって欲しくないと自分を奮い立たせる。
「アテムと連絡は取れるか?」
聞けばのろのろとした動きで携帯を取り出す。
「今からすぐ会いたいと連絡を入れるんだ」
他に術のない遊戯は力ない指先で操作をすればワンコールする間もなく相手はすぐに出た。
「どうした相棒」
零れ落ちたアテムの声に遊戯は呼吸を一つ置いて
「今すぐ会えるかな?」
力ない声に「どうした?」と気遣わしげな声が返ってくるも遊戯は何も言葉が返せずに居れば何処かじれったそうな声で
「海馬の所にいる。海馬コーポレーションだ」
今ここに居ると言う言葉に遊戯は小さな声で
「今からそっちにいくから」
ポツリと呟くような声と共に携帯を切り電源まで落とした。
今から今日までの事を告白に行くのにこれ以上詮索はされたくないのだろう。
ポケットに携帯を突っ込んで短いながらも一人で守ってきた秘密は決して彼に知られたくない事だったから・・・良かれと思った行動は只の自己満足でしかなく、結果アテムに多大な迷惑をかけるしかなかった結末。
溢れる涙を拭うように胸元に引き寄せれば遊戯は一頻り声を殺して泣きながら俺にしがみ付く。
「俺も一緒に怒られるから」
だからもう泣かないでくれと耳元に優しく囁けばごしごしと目元を擦りこらえる顔は酷く幼い。
泣き腫らした顔に残る涙の後を拭うのを手伝うように手を添えれば力ない視線がそれでも俺にもう大丈夫と笑みを向けてくれる。
こうやって笑みを向けられるのもこれが最後だなと思えば考えるより行動に出ていた。
添えた手で遊戯を引き寄せ、重ねるよりも深く、交わるよりは浅く、触れ合うと言うよりも熱が伝わる一瞬にも似た瞬間。
驚くように俺を見る瞳を臥した瞼の向こう側に感じながら強く抱きしめて、ゆっくりと唇を離した。
「な、な・・・」
パクパクと空を吐く口と見て判るくらいに染まっていく顔に俺は遊戯を立たせる。
「外でタクシーを拾うか」
下手に歩いてさっきの奴らに見つかるのも冗談じゃないと今だ硬直している遊戯の手を引いて、通りに出てすぐに捕まえる事の出来たタクシーに目的地を告げた。
[7回]
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