テンペスト05
それを機会に俺と遊戯は時々あって二人でデュエルをしていた。
尤も俺のバイトの休みの日と、遊戯の予定の空いている日が重ならないと会えなかったが、それでも俺はその日を楽しみに待っていた。
遊戯の予定はほとんどアテムに合わせて組まれていた事に驚いた。
俺達のアパートに何度か来る事でクロウやジャックとも知り合った遊戯に二人が呆れたように訊ねれば、アテムは遊戯の祖父とアテムの父親と懇意の仲で、それが縁でアテムがこの国に遊学していると言う。
アテムは故郷ではあの年で地位ある人物らしく、学校ではお目付け役では無いが遊戯が傍に居る事で彼の学校生活は成り立って居るらしい。
じゃあ、先日の誘拐の真似事は問題になっただろうと心配するもすぐに遊戯が連絡を入れて事なきを得たと言う。
「護衛のマハードっていう人普段は優しいんだけど怒ると怖くてさ」
普段から無口なのもちょっと近寄りがたくて知り合った頃はちょっと苦手だったんだ。
そう話してくれる遊戯も高校入学の前の一年間はアテムの故郷に留学していたと言う。
その事実に驚くのも束の間、再び遊戯の部屋に訪れた時には二つのトロフィーが飾られていた。
デュエル大会の優勝トロフィーとデュエルチャンピオンのトロフィー。
初めて来た時は本棚横の雑誌置き場のブックエンドとなっていてあまりのぞんざいな扱いに気にも止めなかったが、改めて訪れて来た時は綺麗に片付けられた部屋にそのトロフィーが西日を浴びて輝いているのを夢でも見るかのように眺めてしまった。
このトロフィーは遊戯曰く、留学中にアテムと彼の従兄弟に騙されてデュエル大会に出場する事になり、成り行きでいつの間にか優勝していたと言うものだった。
その時を思い出してか何処か怒るかのように握り拳を作り、常に穏やかな遊戯の怒る顔に何があったのかと好奇心は尽きないが、同時に聞いてはいけないと言う本能的な感に口を閉ざしてしまう。
そして遊戯が強いはずだと納得しながら、それでも現チャンピオンとデュエルできる機会に心が躍る。
普通なら出会うのも、ましてやデュエルするのも困難な相手なのに彼は気安く俺の相手どころかクロウやジャックの相手もしてくれる。
前にクロウが
「チャンピオンがこんな気軽にデュエルしていいのか?」
なんて心配げに聞いたのを黙って耳を傾けていたが遊戯は手札のカードを見ながら当然と言うように言葉を紡ぐ。
「デュエリストが出会ったのならそこがデュエルフィールドになるんだ。
挑戦は受けてたたなくちゃね」
昔ながらのスタンダードなデュエルスタイルの遊戯はそれでも瞬く間に上級モンスターを場にそろえてしまう。
その鮮やかさに目を奪われながらジャックが眉間を寄せる。
「うっかり負けてチャンピオンの名に傷をつけたらどうする」
当然の疑問だが遊戯は何て事無いと言うように
「その時はその時だよ」
口調は軽くても何処か視線は険しかった。
「チャンピオンは前チャンピオンを倒して立つからね。僕が負けるって言う事は前チャンピオンにも泥を塗る事になるから・・・」
カードを捲る指先を見詰め
「ボクが常に最善のコンディションで居れば良いだけだよ」
自分に一つ頷いてカードを捲れば死者蘇生の魔法カード。
思わず頭の痛くなるそのカードを横において遊戯はイメージトレーニングと言うようにカードを捲り続ける。
「難しい事かもしれないけど、でも幸運な事にここではボクは無名のデュエリストだ」
言って捲ったカードはアテムも愛用するブラックマジシャンで、それを見てからクロウが突如遊戯の頭を抱え込む。
「うわっ、ずるいぞ!って言うか一度ぐらい俺と本気でデュエルしろ!」
「えー?」
「そうだ!あのアテムに勝った時の気迫で勝負しろ!」
「ジャック先輩まで無茶なこと言わないで・・・」
助けてと俺に手を伸ばす遊戯をクロウから救出し、遊戯を救出した姿勢のまま捕捉し
「まずは俺からだ」
クロウとジャック向かって宣言すれば腕の中で「ふぇ?」と間抜けな声を零したと同時に逃れるように宙を泳ぎ出した遊戯の脇腹を擽りながら他愛のない時間を楽しく過していた。
そして今も遊戯と二人彼の部屋に居た。
今日はデュエルではなく遊戯の宿題と、留学していたと言う一年分の遅れの面倒を見ていた。
うー、うー、と、呻きながら数学の復習をするのだが、基本がスッポリと抜け落ちているのか教える方はかなりの忍耐力を必要とするも、公式に何をはめればいいのか判ればパズルを解くようにそれはするすると彼は答えを導き出す。
そして一度覚えればすぐさまそれを飲み込み、教えがいのある後輩に多少の忍耐力なんて問題にもならない。
パズルのピースがはまったように問題を解きだす彼の嬉しそうな表情に俺の方まで知らず知らずと言うように笑みがこぼれる。
俺が笑う気配に気づいて少し照れたようにでも嬉しそうに笑顔を返してくれる遊戯との二人の時間は酷く穏やかでいつまでもこんな時間が続けばいいと願いながらも、その時間を壊そうとする俺が居た。
エンピツを操る細い指先。
まだ大きな学生服から覗く首元。
判らない問題に戸惑い揺れる瞳。
無意識に何かぽつぽつと言葉に出して確認する小さな口元を攫いたくなるこの衝動に戸惑いながら、憂い気に俺を見上げる視線に瞬間の欲情を覚えながらも一つ息を浅く吸い込みその戸惑いを隠して手元のノートを覗きこむ。
「ここは・・・」
机の上で転がっていたエンピツを拾い式の途中で途切れた数字にアンダーラインを引いて文章題のポイントに繋いで関連付ければ自分の中で考え込み納得したのか嬉しそうに顔を挙げこうでしょと言って問題を解いていく。
「遊戯の手にかかれば数学の問題さえパズルになってしまうのか」
くつくつと笑みを零しながら言えばさっきまで笑っていた顔がぷうと膨れて折角頑張ったのにと視線が訴える。
そんな遊戯に止まらない笑顔を隠さずに
「じゃあ約束のデュエルだ」
言えばすぐに不貞腐れた顔はぱあっと笑顔が花開く。
正面から向けられる無垢な笑みに先ほど抱いた邪な想いに後ろめたさを覚えながら、結局この日も遊戯に何も伝える事が出来ず彼の部屋を後にした。
[7回]
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