テンペスト 11
早朝の来訪は俺にとって人生最悪の出来事になった。
にっこりと微笑む従姉イシズと再会を喜ぶ従兄マリクに驚き喜びはしたものの相変らず強引な従姉に朝から海馬コーポレーションで商談となった。
「だが、今日は相棒と映画見に行く約束がある」
無理だと言うも、ある程度の事はマハードから聞いていたのか
「ですが、別にお礼の件は別の日でも構わないでしょう」
冷たい緑茶を美味しそうに飲みながらさぁ行きますよと、いまだ口で一度も勝てた試しの無い話術にあっさり敗北を宣言する事となり。代わりに相棒に連絡を入れてマハードを相棒のボディガードに送り出した。
それから俺はイシズに手を引かれるように海馬コーポレーションにつれてこられた。
部屋に入った瞬間海馬の目が面白いくらい見開いたが、まるでそれが錯覚のようにすぐに何時もの海馬に戻っていた。
それから俺が口を挟む間もなく商談はスムーズに進み、気が付けば昼前には契約は終了していた。
時計をちらりと見れば既に約束の時間は過ぎ、映画の上映時間も始まっていた。
今から追いかければ映画が終わる頃には迎えにいけるだろうかと考えていれば立ち上がった海馬が更に爆弾宣言をする。
「折角この商談のために日本までこられたのだ。ランチをご一緒にしませんか」
俺の顔をニヤリと笑いながら見ながらホテルに予約を取ってあると言う海馬にイシズは無事済ませる事の出来た契約の祝いにとその誘いを無下にはしない。
「そう仰るなら」
立ち上がるイシズとマリクに待ってくれと手を伸ばすも
「アテムの学校生活の話しも聞きたいですしね」
穏やかに微笑む従姉のアテムももちろん一緒ですよねと言う視線に俺の選択はどこまでもご一緒させてくださいと言う弱気な選択しか残ってない。
更に言えばイシズの話しは長い。
海馬も知らないわけでは無いだろうと睨むも余裕の微笑で返されてしまう。
食事を予約してあるホテルへと向かう途中海馬と車中を一緒にしてもらい
「お前、俺達の邪魔して楽しいか」
「邪魔とはどう言う意味だ?」
ニヤニヤと笑う海馬に掴みかかるも海馬の余裕の笑みは消える事は無い。
「遊戯と一緒に居られないのがそんなに不安か?」
「そんなわけない!!ただ一緒にいたいだけだ!!」
俺の主張に海馬は顔を一瞬歪めるが
「ならなんで遊戯はあんな顔をしている?」
問われてぐっと息を飲む。
最近の相棒はどこか集中力がなく話しかけても大半を聞いていない。それ所か食欲も落ち言葉の数より溜息の数の方が多いくらいだ。
休みの度に熱中していたデュエルも此処の所観戦と言うかぼうっと眺めている方が多い。
「だから気分転換も兼ねて外に連れ出そうとしたのに」
「案外お前の面倒を見るのを飽きただけかもしれないぞ」
考えた事の無い言葉にショックは隠せず海馬の顔を見たまま固まってしまえば
「冗談だ。そんな顔で俺を見るな」
そんな顔とはどんな顔だ聞きたいが
「まあ、外に連れ出そうと言う案までは良いが、あの何とかと言った奴は一体何なんだ」
不快さを隠さない口調に俺は入学して間もない頃相棒が不良に絡まれたときの話しをした。
その時駆けつけてくれたのが件の人物で
「最近相棒の口から『不動遊星』って名前をよく聞いていたからな」
俺以外の名前を口にするなんて冷たいぜと不貞腐れながら言えば海馬もふんと鼻で笑う。
「その名前覚えておこう」
それを最後に会話をする事も無く外の風景を眺めながらホテルへと向い、結局海馬から解放されたのは夕方になってからだった。
訪日した事から相棒の家に挨拶に行く事になった。
イシズが去年1年家族のように過した遊戯の家を見て見たいとの事で夕食の終わる時間を見計らって訪ねたのだが
「まだ帰ってないのか?」
外はもう真っ暗だ。
日没の時間が遅い時期なのにと時計を見るも遊戯のじいちゃんは気にした風も無く
「外で夕食食べてくるって連絡があったからの」
待つならもう少し時間がかかるかもと言う言葉にどうしようかと考えるもイシズが積る話もあるので待たせて頂きますと人の良い穏やかな笑みでリビングのソファに座った。
積る話があると言うのは本当のようでそれから双六となにやら話しを始め、俺とマリクは相棒の部屋にある漫画を読んで待つ事にさせてもらった。
初めて入る遊戯の部屋をマリクは興味深げに眺め、床に置かれたチャンピオンのトロフィーが床の上にブックエンドとして置かれているのを複雑な視線で眺めていた。
俺はいつもどおり相棒のベットに座りエジプトでは発刊されていないデュエルモンスターの情報雑誌を手に取る。
マリクにもバックナンバーを一冊取り、勉強机の椅子を勧め雑誌を手渡す。
マリクは初めて見る雑誌にすぐにのめりこんだが俺はページをめくるも視点は雑誌に定まらず美しい印刷も目の前を通り過ぎるだけ。
無意識に零れ落ちる溜息にチラリチラリと見るマリクの視線も気付かないで居た。
沈黙のままずっと雑誌を捲る音だけを聞いていれば
「ただいまー!」
元気な声が響く。
最近聞いてないような何処か懐かしい遊戯の声にベットから飛び降りるように立ち上がり遊戯を迎えに行くように階段を駆け下りる。
ちょうどイシズと顔をあわせた所で懐かしく嬉しそうに呼びかけてる遊戯に
「相棒!」
声を掛ければ最近の何処か虚ろとした視線ではなく何時ものキラキラとした輝きをもつ相棒が「ただいま」と笑みを携えて振り向いた。
「アテムも来てたんだ」
「遊戯久しぶり!」
俺の影からマリクも顔を出し、現れたマリクに嬉しそうに側に駆け寄る。
「マハードからイシズさんが来てる事は聞いていたけどマリクも来ていたんだね!」
「マハードに頼んで内緒にしてもらってたからな」
ウインクを添えて驚かせたかったんだといえば遊戯は驚いたとはしゃぎながらマリクの前でピョンピョンと跳ねる。
「それよりも今日は悪かったな。アテムと映画に行く予定だったんだろ?」
邪魔してすまなかったなと言うマリクに対して遊戯はううんと言う。
「実は、今日映画は見に行かなくって海馬ランドに行ったんだ」
「海馬ランドに?」
キョトンとアテムはその顔を眺め
「アテムが映画見に行きたいんだって言ったら別の日に一緒に見に行けばいいじゃないかって」
アテムから貰った映画のチケットを取り出し
「また今度一緒に見に行こうね」
「ああ」
相棒を守るのは俺の役目だと思っていただけに不動遊星と言う奴が相棒を守った事が気に食わなかったが、まぁちょっと良い奴だなと感心していれば
「で、海馬ランドで何してたの?」
エジプトには海馬ランドなんて無いから興味深げにマリクが相棒に聞く。
相棒も思い出したかのように楽しげに口角を上げ「えー?」なんて誤魔化す。
「すぐエジプトに帰るの?」
「いや、当分日本にいるつもりだが・・・」
「だったら説明するより一緒に行こうよ。夏休みの間は特別イベントがやっているから、すごい綺麗だったよ」
「特別イベント?」
この夏は花火を打ち上げたりイルミネーションのパレードがあったり盛りだくさんのイベントが用意されていた事を思い出した。
「ひょっとしてあの遊星とか言う奴と一緒に見たのか?」
「うん」
俺が一緒に見るはずだったのにと心の中で握り拳を作るが
「アテムも今度一緒に行こうね」
にっこりと微笑まれたらうんと言うしかない。
「で、後は?」
他に何があったのかと聞くマリクに何故か遊戯の顔が赤くなった。
「え、えと、楽しかったよ」
さり気無く視線がそらされた。
俺でなくとも何か隠していると言うようにマリクも不思議そうな顔をしたと同時に
「で、何があったんだよ。良い事あったんだろ?」
視線がそらされた先に回り込めば
「なんにもないよ!」
顔を真っ赤にしての抵抗。
何かあった以外考えられないのにまったく何もなかったかのように振舞う相棒にマリクは少し意地の悪い笑みを浮かべる。
「遊園地で夜まで遊び倒すなんて、まるでデートみたいだよな」
至極まっとうな意見に相棒はこれ以上無いくらい顔を染め上げ大きな瞳も潤みはじめる。
少しからかい過ぎだと相棒の見えないところでマリクの背中に軽くパンチを送れば
「ボ、ボク・・・いっぱい汗かいちゃったからお風呂入ってくるね!!!」
脱兎の如くこの場を逃げるように部屋から去って行ってしまった。
「今のはマリクがいけませんよ」
「えー?だって・・・」
イシズの窘める声に笑って誤魔化すも昨日までの元気のなかった相棒の久しぶりの笑顔に不動遊星を誘ってみて良かったと胸をなでおろした。
それから俺達は相棒が風呂から出てくるのを待ってから帰る事になったが、
「相棒」
無造作に髪を乾かす遊戯に声を掛ければ
「ゴメンね。すぐ帰るんだったらお風呂行かなかったのに」
相棒の手からタオルを受け取り椅子に座らせてから代わりに頭を拭う。
「今日は楽しかったか?」
背後から聞けばうんと頷く。プラプラと動かす足は地に付けばスキップでもしそうな軽い足取り。
「不動遊星と何かあったのか?」
聞けばその足がピタリと止まる。
どうしたのかと顔を覗けば風呂上りと言う理由だけではなさそうなまでの赤い顔。
「何かされたのか?」
聞くもふるふると頭を振るもどう考えてもそんなわけない反応。
「俺にも言えないことなのか?」
一体何があったんだと前に回りこんで視線を合わせるも
「アテムには関係ないよ」
さっとそらせた視線は頬を淡く染めて、それは見た事のない表情だった。
それよりも
「な、何があったんだ?」
相棒に隠し事をされたのは出会って初めての事だった。
軽いショックを覚えながら再度訊ねるも
「えー?」
恥かしそうに誤魔化される。
本当に何があったんだと思考は空回りしたままだが
「それよりもイシズさん達待ってるよ」
行こうと俺の手からタオルを取り上げて首にかけ、空いた手で俺の手を引っ張りイシズとマリクの待つリビングまで連れてこられれば後は夜遅くに失礼しましたとイシズが挨拶をしてまた学校でねと手を振って見送ってくれる相棒に最後まで俺は何も聞き出せないでいた。
[6回]
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