妖精の輪 01
その日一本の電話から飛び込みの仕事が入った。
龍可と龍亞、そしてアキが通うデュエルアカデミアからの至急の仕事で既に顔見知りになった校長から直接の依頼だった。
何でもソリッドビジョンに不具合が出て、海馬コーポレーションに依頼はしたもののプログラム上では不具合が見つからず結局機械に何らかの問題が発生したのだと結論づいた。
毎日、それこそ四六時中稼動している機械なのだ。ならと早急の修理を依頼したものの、海馬コーポレーションの技術者にも人数があり、修理に駆けつけるのは早くても三日後となると言う。
確かな腕は人伝に広まり、こう言う信頼も必要とされる仕事も少なからず入ってくるようになった。
その事に少し嬉しく重いながら仕事を引き受け、ブルーノにガレージの留守番をしてもらう事にする。
ブルーノは今彼の乗ってるスクータータイプのDホイールの改造に忙しいらしく、出かける所では無いらしい。
仕事道具を一通り鞄に詰め込めば遊戯さんが
「デュエルアカデミアに行くの?」
顔を輝かせて俺を見上げていた。
「そうですけど」
珍しい反応だなと思いながらも見下ろしていれば
「あのね、ボクもついていったらダメかな?」
少し照れたようにもじもじと言う仕種の意味に気付かずにいれば
「ほら、ボクのいた時代にはまだなかったからね。後何年してからの開校するって話しを聞いたことあるけど・・・」
さすがに間に合わないからと言う言葉は時の無情な流れについての文句だろう。
「どう言う所か見に行きたいのですか?」
言えば小さくコクンと頷く姿に苦笑する。
「じゃあ俺の助手って事で行きましょう」
「荷物持ちぐらいしか出来ないのにね」
機械の事なんてさっぱりだと言う遊戯さんにヘルメットを渡し
「それでも十分過ぎます」
嬉しそうにヘルメットを受け取って被りながら
「じゃあ行ってきます」
既に半分バラけているブルーノの手作りDホイールを見ながらガレージを後にした。
俺の後ろに遊戯さんを乗せてデュエルアカデミアに向う。
俺としては随分なれたスピードだが、バイク自体こっちの時代に来て初めて乗ったと言う遊戯さんには少し早すぎたらしく、付いた頃には必死になって俺に捕まっていた事もあり既にくたくたになっていた。
よく遊戯さんを乗せているクロウはかなりゆっくり走っているんだなと少し反省しながらも入り口で手続きを済まし、来客用のパスを貰って校舎の中に入った。
「と、その前に」
「?」
小首傾げる遊戯さんに帽子と作業用ジャンパーを手渡す。
「変装道具だと思って付けてください」
なんせ先日学校全体で伝説のデュエリストのデュエルを見たばかりだ。
数十年も前の人が映像の姿のままでいるのはさすがにまずいだろうと思って用意したのだが
「何か探偵ドラマみたいだね」
当の本人には自覚がないのか嬉しそうにジャンパーを着て帽子を被っていた。
既に小等部では帰宅時間なのか子供達の声が響き渡るのを横目に開いた教室を遊戯さんは眺めていた。
それから依頼者でもある校長室へと出向き、問題のソリッドビジョンマシンを見せてもらう事になった。
既に具合が悪いのは海馬コーポレーションで見当をつけているのか、制御版のカバーを外し、そこから繋げたキーボードを片手にメンテナンス用の内部へと続く日と一人分の作業場へともぐりこめばちょっと厄介だけど何とかできそうだと校長に伝える。
「遊戯さんは折角なので見学させてもらったらどうですか?」
校長にもデュエルアカデミアは初めてなんですと説明すれば、学校に来てもおかしくない年齢の遊戯さんを見て少し驚きつつ、ゆっくり見学してくださいと気を使って一人の方がゆっくり出来るだろうからと案内の押し売りはせず、ただ来客用のパスに追記して、何処からでもこのパスを使って連絡取れるように、喉が渇いたら売店を利用できるようにと配慮をしてもらった。
遊戯さんはうれしそうな顔をして行って来ますと出かけるのを校長と見送りながら
「優秀なデュエリストのようだな」
雰囲気だけで遊戯さんの腕を見抜いた校長にひとつ頷き
「俺が知ってる中で最強クラスです」
言えば少し驚いた顔をするも
「現キングに言わせるなんて、まるで伝説のデュエリストクラスだな」
はははと笑いながら去っていく後ろ姿にまさにその伝説の人なんですと心の中で失笑しながらあまり手間がかからなそうな仕事をどれだけ伸ばす事が出来るか少しだけ思案した。
きょろきょろと見回しながら大きなホールのような場所に出た。
入り口が開いているからこっそりと中を覗けばぐるりと囲まれた観客席の中央はフロアになっていて制服を着た人達が教師の前に並びなにやらレクチャーを受けていた。
観客席には他に人は居らず、優しそうな女性の先生の声は観客席の入り口までよく届いてきた。
どうやらそこで二人一組で対戦する事になったようだけどぽつんと一人相手が居ないと言うか人の輪から外れたような人物に目が留まった。
和気藹々とコンビが決まる中誰もそこに視線を向けないようにしているのをじっと耐えるように、そして先生の気遣わしげな視線は悲しい事に彼女は気付かないようだった。
どうしようともう一人のボクに聞くもどうやら授業中の出来事のようで部外者が口を出して良いかよくわからなかったが、それでもそのままでいさせることは出来なかった。
コツコツと踵を鳴らして観客席を下りていけば「相棒」ともう一人のボクが呼び止める。
だけどその制止を無視してフロアの方へと下りていき一人二人と気づけば先生も気づき
「あなた学校では見ない子ね」
少し警戒する声に首からぶら下げている来客用のパスを見せれば
「遊戯」
ボクに気づいたアキさんが先生の隣に並ぶように小走りでやってきてくれた。
「どうしてここに?」
余程驚いたのかまん丸に見開かれたアキさんに微笑みながら
「実は遊星君のお手伝いでついてきちゃったんだけど、校長先生にお願いして見学させてもらってるんだ」
「遊星が来てるの?」
姿が見えないから小首をかしげているアキさんに
「小等部のソリッドビジョンの調子が悪いらしくて遊星君が修理に来てるんだ」
だからここにはいないのと説明をすれば
「ねぇ君」
アキさんの隣にいた先生がボクを見下ろす。
「デュエルは出来る?」
出来る出来ない以前にその意図が判らず首を傾げれば
「今日一人お休みしていて彼女のお相手がいないの。良かったらデュエルしていかない?」
その言葉に周囲から失笑がこぼれる。
もう一人のボクとなにやら排他的なこの空気にアキさんがさっと視線をそらせてしまうのを見て思わずむっとしてしまえば
「じゃあよろしくお願いします」
おいおいと相棒が止めるのも無視して柵を乗り越えた。
「遊戯!」
慌てて近くまで駆け寄ってきたアキさんの何処か揺れる視線にボクは笑みを向ける。
「もう一人のボクの方が良かったかな?」
訊ねればキョトンとした顔。そして何処か困ったようなくすぐったいようなそんなふうに代わり
「あなたにお願いするわ」
遊星君達の所で見るような花の咲くような笑みを向けられて思わず顔が赤くなってしまった。
「じゃあ、今日は植物族デッキの授業だから、このデッキを使ってね」
先生に開いているフィールドに案内されて初めて使うデッキに目を通す。
「遊戯、シンクロはわかる?」
こっそりと聞くアキさんにみんなが幾度か使うのを見て覚えた程度だけどたぶん大丈夫といえばアキさんはその魅力的な目を細め
「じゃあ遠慮はしないわよ。私植物族得意なの」
ウインクひとつボクに投げたかと思ったらフィールドの向こう側に行ってしまった。
そんなアキさんをポカンと見ていれば先生がボクのすぐ後ろにやってきて
「彼女も普段からこんな風に笑えば良いのに」
勿体無いと言う先生の言葉に疑問を覚えながらも
「普段からあんな風に笑いかけられたら心臓が持たないよ」
ね?ともう一人のボクに言えば何故か難しそうな顔をして「そうだな」と呟くのみ。
この時代のデュエルディスクを借りて自動にシャッフルされるのを感動的に見ながら手札を引く。
見知らぬデュエルモンスターに戸惑いながらもそれはもう一人のボクも同じで手札を二人でにらみっこしている間にアキさんが先行を宣言しフィールドにモンスターがスタンバイしていた。
勝気な視線にカードのテキストを読みながらもボク達は対抗心を燃やす。
学校で用意されてるデッキなら条件は同じはずだとレベル1のモンスターを守備表示で召喚し、2枚のカードを伏せてターンエンドと宣言すれば、ニヤリと、でも何処か楽しそうなアキさんの笑みに高揚感は止まらない。
得意と言うだけあって手馴れた戦略に二人で頭を捻り、かろうじて勝つ事は出来た。
二人でずるいとアキさんは言う所だろうが、彼女は一言も言わずデッキから取り出したカードと睨めっこしながら
「やっぱり決め手にかけるのよね」
決め手さえあればとっくに勝負はついていたといわんばかりの呟きに二人で冷や汗を流していれば拍手をしながら先生が足を運んできた。
他のグループは既に二組目、もしくは三組目のデュエルが繰り広げられている所を見ると相当時間をとったのだろうと思わず時計を探してしまえば授業終了の時間。
チャイムが鳴る中ボクを見て
「今日はすごいデュエルを見せてもらったわ。十六夜さんはこう見えてもこのデュエルアカデミアのトップなのよ。その彼女に勝っちゃうなんて、勿体無いわ」
憂いな視線を向けられるも後ずさりしながら作った笑みを先生に向ける。
「じゃあボク、遊星君の所に行かなくちゃ・・・」
ありがとうございましたと喚きながら逃げるようにその場所を走り去った。
「失敗しちゃったかな・・・」
「そんな事は無いだろう」
思わず二人でムキになったデュエルは既に終えた人達でギャラリーを作っていた。
隣のフィールドの人たちもちらちらと集中できないようだったし
「怒られないかな?」
先生に怒られるのはいつもの事だけど、それでアキさんまで怒られるのだけは嫌だなと言えばもう一人のボクは「そんな事ないだろう」と無責任にも言う。
もうちょっと真剣に悩んでよねと言おうとするも
「所でもう一人のボク」
「どうした相棒」
足を止めてもう一人のボクを見る。
なんだと言うように腕を組んで立つ君に向ってボクは口を開く。
「ここドコ?」
ぐるりと見たことのない景色に気づけば
「さあ、ドコだろうな」
なんて不安を増幅させる返答。
「うう、この年で迷子になるなんて・・・」
「学校の中なら迷子の内に入らないだろう」
そう慰めてくれるも遊星君のところまで無事辿り着けない自身の方が上で
「建物から出て外から探すか」
その提案にコクンと頷きもう一人のボクが元気出せと差し出された手に捕まり引かれながら校舎を後にした。
[7回]
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